こんばんは。編集長のSeinaです。
前回は、シンガポールの食事や通貨、旅先での出来事を中心に紹介をしました。シンガポール名物のチキンライスを食べたり、マリーナベイサンズを眺められたりと充実した時間を過ごせた初日。
2日目以降は観光と、仕事のことを考える時間を過ごし、多くの学びを得た旅行となりました。その様子をお届けしたいと思います。
おさらいすると、今回の登場人物は以下の通り。
Sさんはシンガポールに拠点を構えながら日本とシンガポールでビジネスを手掛ける実業家。旅行中、シンガポールの歴史や経済について教えてくれた。
Sさん:シンガポールはまだ歴史が浅い国で50年ちょっとしか経っていないって知ってました?元々シンガポールはマレーシアにある一つの街で、1965年に独立したばかりなんですよ。
人口はだいたい500万人くらい。国土面積は東京都と同じくらいです。
元々資源が一切無い国なので、国が外国の企業を誘致するための環境づくりを進めていったことでシンガポールはここまで大きく発展していきました。
因みにマリーナベイサンズの目の前に広がっている海は人口的に作られたものです。この水も生活排水を再利用していると聞きました。
お、ちょうどマリーナベイサンズのショーが始まりました。
――そうなんですね!ディズニーランドで行われているショーに近いものを感じます。これは毎日行われているんですか?
Sさん:えぇ、そうですよ。私もほとんど見たことないんですよ。
――素人目で見ると、シンガポールは国の運営がとても上手なように感じます。こういった演出含め、マリーナベイサンズは民間だけで運営されているのですか?
Sさん:いえ、半官半民ですね。シンガポール内で大規模で運営されている企業は政府が介入していることが多いと思います。
海外旅行の一つの醍醐味は、旅先での食事や観光地を巡るだけでなく、歴史や文化に触れることでもある。
ノープランで行く旅の思い出も大好きなのだが、歴史や文化を知った上で街を眺めたり食事や観光地に触れることでまた違った見え方になることを感じた時間だった。
2日目は個人的に本旅行のメインイベントだったホリエモン祭りinシンガポールに参加した。
簡単に言うなら、ホリエモンこと堀江貴文氏を中心としたトークショーイベントといったところだろう。
対談相手はオリエンタルラジオの中田敦彦さんや、著書「破天荒フェニックス オンデーズ再生物語」で話題を集めた田中 修治さんなど。
シンガポール旅行が決まった後からイベントの存在を知り、迷わず参加チケットを購入した。15,000円というチケット代は私にとって安くは無かったが、十分おつりがくるほどの内容。
こういったイベントの価値はその場で得る学びだけではなく、得た学びや体験をヒントとしてアイディアに昇華させることに意味があるのだと思う。
そういう意味でこのイベントは私に色んなきっかけを提供してくれた。とても感謝したい。
夜はRさんとシンガポール名物ラフテーを食べに中心地であるチャイナタウンへ。つたない英語でホテルの従業員さんから聞き出したお勧めの「ソンファ」というお店が大正解。
シンガポールに旅立つ前に、おすすめのお店や観光地をピックアップしてくれた、「海抜ゼロメートルから七大陸最高峰の頂を極める」ことにチャレンジしているSatoki Yoshidaさんもナイスチョイス!と言ってくれた。
2日目は早めに解散し、お湯が出なかったホテルから、無謀にもさらに安いホテルへ宿を移した。
再びシャワーのお湯が出なくてパニックを起こしたが、日本に住む友人にアドバイスを求めたところ
受付に行って「The hot water isn’t running」って言ってみ
とのこと。お湯が出ないんですけど!という意味らしい。
自信満々に覚えたての熟語をホテルのおねーさんに繰り出しのだが、私の発音が悪いのか、ん?は?みたいなリアクション。
結局、シャワートゥーコールド!という中学生もびっくりの英単語の羅列でなんとかやり過ごした。
ほとんど文章は聞き取れなかったのだが、
Building、Sometimes、Lever、Turn right、Turn left
という5つのワードから
建物の構造上、時々そういうことあるんや。シャワーのレバーを冷たいほうに切り替えて、しばらくしてからお湯に切り替えてみ。多分いけっから。
という内容だと仮説を立て、部屋に戻って試すと無事にお湯が出て一安心。次の日に備えて安心して寝ることが出来た。
3日目はお昼前から、Rさん、Sさん、Sさんの彼女と4人で人気のパン屋さんでブランチ。
彼女はシンガポールで日系法律事務所で働く秘書だそう。はたから見てもお似合いのカップルだ。
因みにブランチという言葉は私の中で“枝”という意味でしかなく、明日はブランチにしましょうと言われた後、必死にググったことを覚えている。
何でもSさんが住んでいるエリアはシンガポールに在住している日本人の約8割が住んでいるらしい。
周辺を見渡すと日本語で書かれた飲食店やバーが多く、シンガポールに日本のお店が溢れていることを身をもって知る。
シンガポールで見たほとんどのコンビニはセブンイレブンだし、街を歩けば吉野家、牛角、ペッパーランチ、フレッシュネスバーガーなど馴染みのあるデザインが視界に飛び込んでくる。
マリーナベイサンズ内のフードコートエリアに隣接して一風堂が大きなスペースを占めていたことも驚きだった。
Sさんの彼女に御礼を伝え、一時解散。夜に再びSさんRさんと合流することになった。
夜集まって食べのは火鍋。私が辛いのが苦手だったこともあり、火鍋という語感からは遠く離れた見た目の鍋をつついた。
食事後はRさんの提案でナイトサファリへ。大型の専用トラックに乗り込み、サファリ内を移動するのだが、トラックにドアや柵のようなものは無く、万が一飛び込んでこられたらジエンド。
心配をよそに様々な動物を間近で眺め、ナイトサファリを後にした。3日目は観光に1日時間を使いリフレッシュ。
早くもシンガポールで滞在する時間が24時間を切ってしまい、寂しい思いとは裏腹に日本に戻って仕事したいという気持ちに駆られながら寝床についた。
滞在4日目にもなると、ホテルのチェックインチェックアウトの手続きも英語を駆使して多少はスムーズになってくる。
ホリエモン祭りで堀江氏が言っていたのは、
「日本人は本当は英語が喋れるんだよ。ただ、自分たちが喋れないと思っているだけ。英語教育を生まれた時から受けているインド人の英語なんかよりも、日本人のつたない英語の方がよっぽど伝わるよ」
という言葉だ。これは確かに納得。
何かを質問したいときは5W1Hを使って質問すればちゃんと伝わるし、旅行中に困って誰かに何かを聞きたいとき、単語が分からないというケースはあまりない。
英語が喋れないのに海外で一人で行動できるの凄いね、と言われることがあるのだが、死にはしないし、大金を払わなくちゃいけなくなったなんてトラブルもまずない。
かつ、英語が喋れてコミュニケーションが出来る喜びも感慨深いが、コミュニケーションが取れず悪戦苦闘するのもまた良い思い出になる。
海外に行くと少なからず不便さを感じる瞬間があると思う。私はそれが旅行がもたらす価値の一つだと思っている。日本はあまりにも豊かすぎるのだ。
だからGoogle翻訳はなるべく頼らないように努めるし、翻訳機なんて使ったらそれこそ利便性と引き換えに多くの機会を損失してると思ってしまう。
そんなことを考えながら先に日本に帰るRさんに別れを告げ、近くのカフェで「破天荒フェニックス」を読んだ。
年商20億で負債が14億、継いだ初月から現金が1000万ほど不足している状況から必死に経営と向き合い再建していくその様はまさに不死鳥のよう。これもまた刺激になった。
シンガポールにも進出しているので店舗を見に行き、従業員の様子やお客さんの出入りをチェック。お洒落なお店の裏側にそんな歴史があると思うとまた違ったお店に見える。
シンガポールから家族やお仕事関係の方とも連絡を取り、自分の仕事も進めることが出来た。
堀江氏はスマートフォン1台ですべての仕事が出来る言っていたが、私も将来的に近い状況は作れると確信する。
同時にもっとビジネスや経営と真剣に向き合い、楽しんでいこうという思いにさせられる。
ワクワクした気持ちを胸に余裕をぶっこいていたら、出国手続きの締め切り20分前というギリギリの状態でシンガポールを後にした。
日をまたいで合計14時間位のフライトで、リフレッシュした分をすべて吹き飛ばすくらい肩がまた凝ってしまったが、それもまた稼いでビジネスクラスに乗れるようになればいい。
そんなことを思いながら私のシンガポール旅行は終わりました。
シンガポール旅行で得た私の学びをまとめると、
・語学力が無くても英語は話せる。リスニングは無理。語学への関心が高い内に学ぶのが吉。
・国の歴史や文化を学ぶと、旅行の楽しみが大きくなる。事前予習も良いが、その場その場での出来事を楽しもう。
・楽しい、好きという感情を大切にビジネスと向き合う。そうじゃなきゃ起業した意味なんてない。
という内容でした。今回のシンガポール旅行をきっかけに新しいプロジェクトが動くことになりそうなのでその様子もお届けしたいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。