人はいつか必ず老いて死ぬものです。そしてその死をどのように迎えるかは、自分に残された時間をどのように生きるかということでもあります。
最期まで自宅で過ごしたいと願った場合、家族にとっては介護という現実的な問題が浮上します。
今回は、household nurse(ハウスホールドナース)という新しい訪問看護の概念をもとに、訪問看護サービス「h.value」を開業した杉木治子さんに訪問看護についてのお話を伺いました。
訪問看護は公的な保険制度を利用して受けることができる看護サービスです。
訪問看護ステーションから派遣された看護師は、療養者に対して病気のケアなどヘルパーにはできない医療行為を行います。
でも、実は訪問看護師にはできないことがあるのをご存じですか?
例えば、公的な保険制度を利用した訪問看護師は、療養者の容態が悪化しても病院に付き添うことはできません。救急車は呼べますが病院には同行できないのです。
household nurse(以下ハウスホールドナース)とは、「1世帯のご家族全員を対象にしたファミリー専属の看護師」のことです。
このハウスホールドナースという新しい概念のもとに訪問看護サービスを提供するのが、h.valueです。
代表者の杉木治子さんは長年訪問看護の現場を経験し、関東及び関西に拠点を置く訪問看護ステーションの事業部統括マネージャーも務めた方です。
ーー杉木さんが訪問看護師としての経験から見た訪問看護の現状というのはどのようなものでしょうか。
公的な保険制度を使った訪問看護サービスにできることには限界があります。でも公的な保険制度というのは国のお金を使っているので、何もかもはできません。ルール化は必要です。
さらに訪問看護ステーション自体「事業」でもあるため、時間や訪問件数など効率化や売上を考えて運営しています。
1人の人だけに時間をかけられません。公的保険制度を利用した訪問看護ステーションに大事なのは、たくさんの人を平等にケアすること。なのでどうしてもサービスに歪が生まれてしまいます。
ーー1人の療養者のすべてを賄うことはできない?
そうです。訪問看護に携わった多くの看護師が、現在の訪問看護で生まれてしまう歪をなんとか埋めたいと考えています。
そういう歪を埋められる看護師、つまり家族のようにいつでも呼んだら来てくれる家庭看護師がいれば、と。
ーー公的保険制度での訪問看護で生まれてしまう歪とは具体的にどんなことが?
本来おじいちゃんのために訪問看護の依頼を受けていたのに、ある日おばあちゃんが具合悪いことがあったんです。
でも私たちは介護認定を受けていない方を診ることができません。ケアマネージャーに連絡はできますが、その場でケアはできないんです。診てあげたくてもできないというジレンマ。
もしこれがきちんとしたサービスになっていたら、もっと早く治療を開始できたり、さらにもっと早く異変に気づけば病気を予防できたのではないかと。
ーー看護師だからこそ気づける異変がある?
そうですね。でもその異変に気づけるのは継続した関係があるからこそです。
家族がいつもとの違いに気づくように、看護師もその前段階の状況を知っていることはとても重要です。
経過を知らずに場当たりでその方を診たときに、看護師でも正しい答えを導き出すのは大変です。
ーー公的保険を使わず自費で訪問看護を頼むことはできない?
できます。むしろ自費の訪問看護サービスは増えています。でもやはりここでも「継続した関係」は難しいです。訪問看護ステーション側の都合で訪問コースが変更になると担当が変わることもあるからです。
ーーハウスホールドナースは自費での訪問看護という位置づけ?
はい。そうです。ですがハウスホールドナースは、ひとつの家庭単位で長い付き合いをしていくシステムです。
1人の担当看護師が家族全員のケアをします。心理的なケアやカウンセリングもしていきます。
ーー家族全員のケアとは具体的に?
たとえば、今日はお子さんが具合悪いけれど両親は仕事で病院に行けないとなれば、ハウスホールドナースが連れて行きます。
1つの家庭の専属ナースというシステムなのでそれができるんです。
ーーいつh.valueを立ち上げようと?
始めようと思ったのは2019年4月です。それまでは現場で訪問看護師を務めたあと、訪問看護ステーションの事業部長として売り上げ管理や事業所の拡大、さらに医療者の採用や現場のマネージメントをしていました。
しかし、やがて仕事に目的を見いだせなくなり退職しました。退職後しばらくして、このハウスホールドナースというサービスをやらなければと思ったんです。
ーーh.valueは従来の従量課金制と違った、月額制のサービスだと伺っていますが。
はい。今までの訪問看護の経験をもとに、みなさんがいつも不足していると感じていたこと、必要だと思っていたサービスをパックにしました。
料金は月額制です。サービスの内容ごとに追加の料金は発生しませんし、家族全員が対象なのでケアする人数が増えても料金は変わりません。
ーー実際のサービスはスタートしているのですか?
まだ日本にハウスホールドナースという概念がないため、今はこの事業をどういう言葉で表現していくかに凄く時間をかけています。
いわば準備段階ですね。今の段階で訪問看護サービスとして営業をかけ、顧客を獲得するのは何かが違うと感じています。
私たちのサービスを欲しいと思った人に使っていただきたいので、自分たちの事業の理念をきちんと構築することに時間をかけています。
自分の生活を自分らしく個性的に生きたいと思う人たちと、お手伝いする私たちがいる。そういうマッチングだと思っています。
ーー具体的にどのようなサービスを考えているのですか?
介護前期にいる家族の悩みの相談に乗っていきたいです。まだそれほど介護は必要ないけれど、今のうちに準備しておかなければ、という時期に入った人たちは一番戸惑っています。
介護される人の状態が変化するたびに、戸惑いは増えます。そういう戸惑いを解決する手伝いをしたいです。
あとは親子間の考え方の違いに第三者として介入し、潤滑剤となることです。
親側と子供側が本来お互いに対して求めていることを合致させる場所を作ること。家族がチームになって、終末期=死に向かってさまざまな選択をするときに混乱しないように。
家族同士でも本音を言えなかったために、治療や家族の準備が遅れてしまうことが多いんです。そういう遅れが起こらないよう、カウンセリングによって互いの思いを伝えあえるようにサポートしたいです。
ーー家族の頼れる存在ということですね。
頼られているようで、家族を育てようと思っています。何でも看護師に頼ってしまうと家族が弱くなってしまうので。
家族が育たないと介護はできません。多くの問題は家族が解決していかなければならないからです。でもヒントがないと解決できません。
感情の問題もあります。家族だけで感情の処理ができるかというと難しいんですね。なので第三者のより身近な存在というのが必要だと思います。
ーー介護は家族にとっての大きな問題であることは確かですね。
お年寄りがプライドを持って、やりたいことをやろうとしている姿ってすごく大事なんです。
子供たちはそのプライドが面倒だと思ったりもするんですが、そういう姿勢を止めてしまうと気力がなくなってしまう。
厚生労働省の調査では、高齢者の約77%の人が自宅でサービスを利用して生きていきたいと思っているという結果があります。
ーー介護する家族に対しては何かありますか?
私は、介護する家族のケアが必要だと思っています。亡くなったあと家族が後悔しない心のケアも大切。
親は死にますし、自分も死ぬ。自分の子供もいずれ死にます。みんな死に向かっているということ、ありのままの死を受け止めるということがすごく大事です。
親がどういう死に方をしたいかを知り、さらに自分がどうやって死にたいのか。親を見ることで自分の人生を見ていくということでもあるんです。
ーーハウスホールナースというシステムについて今後考えていることを教えてください。
訪問看護を経験して訪問看護が好きで、自宅で過ごすお年寄りをずっと見てきた人の中には私と同じような気持ちを持っている看護師さんは多いんです。
ですから、そういう思いの強い看護師さんたちが、「新しい看護師の働き方」としてハウスホールドナースになってくれたらいいと思います。
たとえば全国に展開していくのであれば、事業所は1つでいい。ハウスホールドナースという看護師が増えれば、事業としては成功だと思っています。ハウスホールドナースを育てることが課題だと考えています。
今回、杉木さんはインタビューの最後で「介護をマネージメントしたい」とおっしゃっていました。
私にはそれがとても印象的な言葉として残っています。訪問看護は確かに療養者の治療をするサービスです。
しかし、家族全体の介護問題として身近な専門家が「マネージメント」してくれたら、介護に対するダークで重いイメージも変わっていくのではないかと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。